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手漉き和紙の里(10)~白糸村の三椏紙(みつまたし)~

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芝川へ流れる清流

 静岡県(駿河国)富士宮市白糸村は富士山頂から急斜面で南下、しだいに緩傾斜状となる平原で富士山の西南麓に位置し、北東部、北西部は山梨県に接している。北部郊外は広々とした高原地帯で日本有数の酪農地帯でもある。
 富士宮は古くから駿河国一宮である富士山本宮浅間(せんげん)大社の門前町として栄えた。浅間大社は全国約1300社あるうちの総本宮で、ここからの富士登山コースが表口登山道となる。中央を閏井(うるい)川が北から南へと流れ、かつては駿河国と甲斐国を結ぶ交通の要衝として栄えた。富士山の雪解け水は溶岩流の地下水となって湧出する。

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 白糸の滝は幅約200m、落差20mあり滝の幅は日本最大と言われる(昭和25年、観光百選滝の部一位になった名爆)。また、富士山3776m、最低は35mという標高差は、我が国最大の標高差を誇る地でもある。

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 昭和17年(1942)、大宮町と富丘村が合併、同30年富士根村と合併。同33年(1958)、上井出、白糸、上野、北山の四村を編入して現在の富士宮市となる。白糸の滝がある旧白糸村こそが三椏紙の里である。現在は和紙を漉く痕跡もないが、白糸の滝壺の傍らに、三椏栽培記念碑が建てられ、周りにはわずかな三椏が花をつけているのが印象的である。

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 最近は白糸の滝だけでなく、音止(おとどめ)の滝(写真左)や曽我兄弟仇討ちに関する遺跡である曽我兄弟の隠れ岩(写真中央)や工藤祐経の墓(写真右)などを利用して、観光振興を図っている。三椏も再現しようと栽培を始め、手漉き和紙をする人も出てきたそうである。歴史ある我が国紙幣の三椏栽培地の復活を見たいものである。

投稿者:菊地正浩

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2009年06月17日 00:56に投稿されたエントリーのページです。

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