
昨年から大相撲に関する話題が世間を騒がせています。筆者は戦前、相撲の町両国で生まれ育ち、ファンの一人を自認しています。いくら時代とはいえ寂しいかぎりです。今回は大相撲界の立ち直りを願いつつ、筆者が幼少の頃より温めてきた歴史の一端を披露し、若い方々に参考としていただきたいと思います。

大相撲発祥地1
富岡八幡宮は江東区の東京メトロ門前仲町駅至近にあります(旅じゃCom2008.3.6参照)。筆者が子どもの頃は、通称深川の八幡様と言って、8月15日の深川祭りを楽しみにしたものです。深川祭りとは江戸三大祭(山王日枝神社6月15日、神田明神5月15日)の一つで、お神輿の見事さを見ようと全国から多くの観光客が押しかけます。この富岡八幡宮の境内が「江戸勧進相撲発祥の地」なのです。

境内には「横綱力士碑」(歴史資料の江東区指定文化財)が建立されています(写真左)。この碑は江戸時代最後の横綱、第十二代陣幕久五郎(写真中央)が中心となって、明治33年(1900)に建てられました。横綱の顕彰と相撲の歴史を伝えるため、初代の横綱明石志賀之助の名前から刻まれ、重さ約5500貫(約20t)もある堂々たる石碑です。
相撲は古くから庶民に親しまれ、江戸時代には幕府公認の勧進相撲(寺社修復などを目的に行われた)へと発展しました。大阪、京都、江戸で興行しましたが、幕府が初めて江戸での勧進相撲を始めたのは、貞享元年(1684)でこの富岡八幡宮の境内でした。その後、明和年間(1764~71)には春秋二場所のうち、一場所がここで開催され、享和元年(1801)までに本場所31回の興行が行われました。横綱だけでは可哀想と考えたのでしょうか? 昭和50年(1975)8月に「大関力士碑」(写真右)が建立されました。横綱になった大関と取り組みには入らなかった看板大関を除く、歴代の実力大関たちです。
パート2(明日)につづく
投稿者:菊地正浩
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