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『天地人』第8回「謙信の遺言」

24日になってようやく録画をみることができ、25日にUPします。
 謙信が柴田勝家を大将とする信長麾下の軍を破った手取川の合戦。予算がかけられなかったのか、あっさりと終わってしまいましたね。雨が降っていたため、鉄砲が使えず大敗したということになっていますが、雨の増水の割には濁らない川なんですね。おまけに秀吉は軍令違反で長浜で謹慎中かと思えば、安土城で信長の機嫌とっていますし。
 上田庄の雲洞庵で世俗を断ち切っていた兼続はようやく謹慎が解け、春日山城へ戻ることになり、弟の与七(のちの大国実頼)も従うことになります。兼続が景勝のもとへ戻ってくると、あれ景勝が笑ってしまいました。たしか景勝って生涯で一度(サルが自分の真似をしたとき)しか笑わなかったのですが、さすがにドラマでこれをやると暗くなると思ったのでしょうか。
 その後、お船の方の婿となった直江信綱にも面会。お船の侍女かよ(あき竹城)がいい味出していました。この人米沢出身で米沢市観光親善大使になっていますね。やがて謙信と面会。謙信は「信長と戦うのは己の欲にあらず、足利幕府を再興するため」の大義名分をふりかざし、兼続が敵と戦い殺すことを悩むのを、「そなたこそがわしの真の遺志を継ぐ」と謙信に云われ、前回、「もう泣きません」と云った兼続がもう泣いています。でも、兼続は毘沙門にはなれないでしょうね。
 そして謙信は毘沙門堂で倒れます。史実では厠で倒れたのですが、厠というのが脚本家の美意識にあわなかったようで……。今回はこのへんにしておいて、次回以降、当日更新をめざします。

あと、他の先生方の批評も併せてお読みください。
橋場日月先生『日次記(ひなみき)』
かわい先生『豊泉堂雑記』

 かわい先生のほうにはなぜかトラックバックが貼れなくなってしまいました。どちらのネット環境に問題があるのでしょうか。

 史跡紀行で石川県白山市の手取川古戦場、松任城跡、松任金剣宮などが紹介されました。松任は昔は松任市だったのですが、市町村合併で白山市に変わりました。昔は松任に行ったとき、松任駅に名物あんころ餅の立売がいたことが記憶に残っています。しかし、手取川古戦場は残念ながら未訪なので、新刊『データで見る最強の戦国武将ファイル』(洋泉社)に掲載した外川先生の写真をお借りしました。本書では外川先生ほか、かわい先生、四條たか子先生、清水昇先生といった歴史作家・研究家の重鎮たちが寄稿していますので、ぜひお買い求めください。
 手取川はJR北陸本線小舞子駅が最寄ですが、この駅は無人駅のためスタンプがありません。スタンプに手取川が描かれた隣の美川駅のスタンプをUPします。
 今回はなんとか急場をしのぎましたが、たぶん、今後写真やスタンプなしの回が出てくることと思います。

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『天地人 直江兼続』(メディアボーイ)をまだ購入していない方は、ぜひこちらからご覧になって購入してくださいまし。

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2009年02月22日 23:15に投稿されたエントリーのページです。

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