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『篤姫』第49回「明治前夜の再会」

 前回、視聴率29.2%と尻上がりに記録を更新する『篤姫』。最低視聴率が初回20.2%というところをみても、一度も20%を切っていない優秀さと、普通は後半が中だるみするのに、更新しつづけているのはすごいことです。最終回は30%の大台にのるかな?
 視聴率の高いのはよいことですが、途中までは寺田屋、生麦事件や薩英戦争など取り扱っていたのに、後半は篤姫一色になってしまっているところが、歴史ファンとしては不満の残る内容でしょう。さて、ついに大奥を去る天璋院。このときの心情って、何か都内で引っ越し貧乏を繰り返す自分にフィードバックしてしまいました。都内ですでに5回も引っ越ししてしまった僕ですが、やはり部屋探しして選んだときの感激と、引っ越しのため大掃除をして元の借家を明け渡すときの名残り。そのシーンであの音楽を流すのはいいかもしれませんね。いずれ僕も江戸(東京)を去る日は来ますので。そこに住むのが長ければ長いほど、積み重ねられた歴史があるわけで、とくに落ち着き先が決まらない天璋院様にとっては余計、あとにするときの名残惜しさがあるのでしょう。でも、それは新しい時代の幕開けに過ぎません。
 大奥を去るにあたって、本寿院様は生け花をし、滝山は大奥とともに消えるといい、余生をひっそりと暮らすことになります。ドラマでは16歳のときに大奥にあがったとなっていますが、史実では14歳からで、このとき数え年で64歳。どうみても稲森いずみさんの役ぶりがその年齢にみえませんが、いつまでも美しくいたいということでしょう。しっかりした滝山に対し、ボケ役の唐橋がいい味でした。
 天璋院が移った一橋邸では静寛院、重野が去っていき、寂しくなるところへ小松帯刀が尋ねてきます。「心よりお詫び申し上げます」と詫びているところへ碁をもってきて、久々の対局。ここで今さらながら帯刀が「お慕いしていました」と告白。そして「斉彬の養女になっていければ一緒になっていましたか」と天璋院に問います。気になる天璋院の答えは「亡き夫家定に相談してみます」でした。帯刀は身体をこわしており、もう自分の寿命が長くないことを悟っていたのでしょう。「次に会うときまで」と言い、互いのお守りを見せ合います。はい、もう二人だけの世界で他の人間は入る余地もございません。この話はもちろんフィクションですが、小松の江戸下向については桐野先生の『膏肓記』をぜひご覧ください(最後の最後までトラックバック貼ってすいません)

 史跡紀行では静岡市の駿府城跡や宝台院の徳川慶喜謹慎の地、久能山東照宮などを紹介していました。今回慶喜や家達(亀之助)が一度も出てこないのなら、この史跡紀行はっきりいっていらん! といいたくなるところです。とはいえ静岡の駿府城は何度か訪れていますので、今回はJR静岡駅のスタンプと駿府城跡東御門巽櫓の写真およびスタンプをUPします。

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 で、なんとか49回まで抜かさず見続けました。次週の最終回まで、どうぞお付き合いくださいますよう、よろしくお願いします。

 さぁて、残りあと1回となりましたが、四條たか子先生著の『天璋院篤姫と幕末を旅する』(一水社)をまだ購入していない方は、ぜひこちらからご覧になって購入してくださいまし。

投稿者:管理人
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2008年12月07日 19:10に投稿されたエントリーのページです。

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