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2007年02月 アーカイブ

2007年02月04日

『風林火山』第5回「駿河大乱」

いよいよ今川家の内乱である花倉の乱です。勘助が乱に関わっていたのは完全な創作ですが、まさか兄貞久と刃を交え、兄が自害し介錯するという壮絶なシーンとなるとは……思ってもいませんでした。ちなみに貞久というのは、静岡県富士宮市の『吉野家系図』によると勘助祖父の名で、兄は先妻の菊一郎(のち貞継)と石松・藤七の三人がいたといい、愛知県豊橋市賀茂の伝承系図では、上に清七・清助の二人の兄がいたといいます。
勘助の策略で武田氏を討つというのは、梅岳承芳(今川義元)の軍師となる太原雪斎の策で、武田氏が福島越前守に加担しなかったため、肩透かしをくらった格好となりました。この流れをみると、これまで凡庸に描かれすぎた今川義元の実像もみえていいですね。本当は聡明な武将なのに、信長関係ではいつも貴族かぶれで、デブで短足の扱いでしたから。ちなみにこの乱で勘助と刃を交えた福島越前守の嫡男彦十郎はのちに北条氏の重臣となり、氏綱に気に入られて北条姓までもらう北条綱成です。『地黄八幡』の旗で無類の強さを見せたといいますが、このあたりもドラマにからんでくるとますます盛り上がりそうですね。
ここでようやく原作小説で最初に出てくるかませ犬・青木大膳が登場します。さすがに文庫1冊分の原作だけでは、1年分のドラマは辛いため、創作を交え引っ張っているわけですね。まあ、もっとも今回は顔見せ。この先、大膳と勘助がどうやって絡むのか楽しみですが……。
史跡紀行では静岡県藤枝市の花倉城や遍照寺などが紹介されていました。花倉城はJR藤枝駅からバスで行き、さらにバス停から徒歩1時間かかる大変不便な場所です。『風林火山』の小説では関連がなかったため、こちらはまだ取材しておりません。JR藤枝駅もJRになってからはまだ下車していません。よってスタンプも写真もナシです。すいません。

投稿者:管理人
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2007年02月05日

ガンバレ銚子電鉄

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 本州最東端の銚子市内を走る銚子電気鉄道は、総延長わずか6.4kmのミニ鉄道です。大正生まれの古豪・デキ3形電気機関車を始め、現在数少なくなった吊掛車が走る鉄道として、レイルファンの人気は高く、気軽に“レトロムード”を楽しめることから、江ノ電、箱根登山鉄道、小湊鉄道などとともに旅行雑誌に取り上げられることが多く旅行業界での知名度も高い鉄道です。また、(電車牽引による)トロッコ列車の運転や、鉄道事業の赤字を副業のぬれ煎餅(当地の名物)販売でカバーするなど、同鉄道の取り組みは全国の鉄道事業者の注目を集めています。
 その銚子電鉄が俄に苦境に立たされています。前社長の不祥事により借金が膨らみ、車輌検査・線路整備などの資金にも事欠くなど、存続の危機を迎えています。しかしながら、今年に入って有志が立ち上がり“サポーターズクラブ”を結成。安全対策工事に係る費用を集めるため、サポート基金の募集を行い注目を集めております。さらに、 この問題を新聞報道で知ったプロ野球・千葉ロッテマリーンズの守護神(リリーフエース)小林雅英選手も協力を申し出、名誉サポーターとして支援に乗り出したことで、一般紙のみならずスポーツ新聞でも脚光を浴びています。
 筆者も先週末、応援を兼ねて行ってきました。

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 起点の銚子駅で全線が乗り降り自由の「弧廻手形」(620円)を入手。銚子と終点の外川の運賃が310円なので、単純往復だけではモトが取れないものの、その昭和的風情に浸りつつ途中下車を楽しみたい方には断然お得な切符です。さらに、同きっぷには「ぬれ煎餅」交換券、地球の丸く見える丘展望館割引券、銚子ポートタワー展望室割引券も付いており、観光客にも至れり尽くせりなのです。同鉄道の運行間隔は概ね30分間隔を保っており、時間の許す限り途中下車を楽しむことにしました。
 最初に乗車したデハ1001形は、営団(現東京メトロ)丸の内線方南町支線で活躍していた車輌(機器は同日比谷線の3000系のものに換装)で、96年に銚電入り。車齢が高いにも関わらず同線初の高性能車(昭和30年前後まで製造された吊掛車に対して使われる呼称)です。塗り替えられているので、外観上原車の面影はあまり残っておりませんが、室内には痕跡もそれなりに残っており、そんなところもなかなか楽しい車輌です。車内は立ち客(主に一般観光客)も出るほどの盛況振りで、銚子電鉄の人気を改めて実感しました。最初の駅・仲ノ町には車庫があるため、さっそく下車。入場券(硬券)を求め留置車を撮影。ここには鉄ちゃんもチラホラ。次に来た車輌は伊予鉄出身のデハ801形。モーター音、震動、古い車輌独特の臭いなどを堪能しつつ、観音駅で再度下車。ここは飯沼観音の最寄り駅であるとともに、同社直営の鯛焼店があることでも知られており、モダンな駅舎は同鉄道では異彩を放つ存在です。次の本銚子は本調子にかけて縁起の良さを売りにした記念切符も発売してます。笠上黒生は唯一の交換駅で、昔懐かしいタブレット交換が見られます。また、駅舎も昭和レトロそのもので、駅舎内は昭和20年代頃から時間が止まったかのよう。西海鹿島(にしあかじま)は難読駅名。君ヶ浜は壁のみのユニーク過ぎる駅舎で知られています。犬吠はスペイン風の駅舎で、同鉄道のグッズ売店、ぬれ煎餅店、電車レストランなどがあるほか、犬吠埼や地球の丸く見える丘展望館の最寄り駅にもなっています。筆者は終点外川から引き返し犬吠で下車。展望館、犬吠埼など一通り観光した後、犬吠埼温泉の京成ホテルへ。湯上がりに肌がトロリとする良質な塩泉で、露天風呂には源泉がふんだんに注がれています。黄昏時、紫に染まっていく海を見ながらの入浴は絶品でした。
 帰りもデハ801に乗車。乗客は終点まで誰もおらず、うなり声にも似た吊掛モーター音を心ゆくまで堪能でき、今回の小旅行の有終を飾りました。
 地域住民、レイルファン、観光客に愛され親しまれ続けている銚子電鉄。いつまでも元気に走り続けてほしいものだと改めて思いました。

銚子電鉄サポーターズのアドレス http://love.ap.teacup.com/cdksientai/

投稿者:小関秀彦(資料提供/塩見会員)
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2007年02月06日

「銚子電鉄」紀行へのコメント

昨日の小関さん投稿の「ガンバレ銚子電鉄」に旅ジャーナリスト会議代表およびブルーガイドパックで旅行出版界の頂点に君臨しましたカリスマ編集者森田芳夫氏から、大変長い長いコメントをいただきました。この貴重な投稿をコメント欄に埋もれさすわけにはいきません。ということで本日のブログは小関さんの投稿に寄せられた森田氏のコメントです。このアドバイスによって小関さんの文章はますます磨きがかかり、上達してゆくことでしょう(by 管理人)

わざわざ出かけたというだけあって、小関さんのリポートはとても温かい視点で書かれていて、暮れなずむ紫色の海を見ながら温泉入浴を楽しんだという終わりに近いくだりまで読み進んで、なぜかかジーンと来てしまいました。
 銚子電鉄の苦境は朝日新聞の千葉版に詳しく、他県に住んでいる人より県民である我々は頻度数多く情報を得ていると思います。でもなかなか出かけていかれないのはなぜだったろうかと、これを読みながら思わず自問自答をしてしまいました。

 今から35年ほど前、銚子電鉄を目指して外川まで編集仲間と乗りに行った事がありました。外川で泊ったところははっきり覚えていませんが、君ヶ浜の岩だらけの磯ににわか造りの見せもの小屋があり、電車の窓から暗がりの中にぼーっと明かりがついていていたこと、そしてそれがいかにも怪しげに見えたことが印象に残っています。今は何もないと思いますが――。あの頃はそんな違法の興行が平気で行われていたのでしょうね。
 翌日は私の嫌いな釣りをし、銚子の町へ戻って、利根川べりに近い市場へ行こうという友人を振り切って駅前のちっぽけな店で干物を買って帰りました。なにやら心貧しい旅だったようです。でもあの頃は、編集室を離れられるだけで、心豊かになったような感じていたのだと思われます。

さて、小関さんのリポートにない物ねだりをするとすれば、それは誰か駅員さんをつかまえて、支援に対する感想、過去の苦しかった思い出、これからのことなど、生の声、つまりインタヴューを聞かせてほしかったとも思いました。

いずれにせよ出かけていく行動力に敬服しました。次のブログが楽しみです。

投稿者:森田芳夫
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2007年02月07日

よっちゃんの体重ブログ第1弾

初めまして!初投稿させていただきます。ネット上では「日本秘湯に入る会」でのハンドルネームでもある「よっちゃん」と名乗らせてくださいまし。よろしくたのんます。

 突然ですが、私デブデブでゴザイマス。メタボリック対策が叫ばれる今日この頃、昨年からウェイトコントロールに励んでおります。が、食べるほうはなかなか抑えにくいので(駄目ジャン!)、とりあえず体力増強を目指し、私事ではございますが本年の目標として最低でも月に一回は山に登る事を決めました。今年は山登り、ハイキングに行く機会が多いと思いますので面白そうなところがあれば紹介したいと思います。

 もう2月になってしまいましたが、今年の登山第一号「高尾山」に先月登ってまいりました。東京に住んでいる方なら誰でも一度は足を運んだ山です。え、知らない? では以下を読んで行ってみて頂戴ね、

 新宿から京王電鉄の終点、高尾山口駅まで50分ほど。私の住まいがある府中からはわずか30分弱で着いてしまう実に気軽な山です。頂上の標高はなんとも中途半端な599.3m。ハイキング感覚で駅から全て歩いても1時間半ほどで頂上迄着いちゃいます。ヒール履きの彼女と来ても大丈夫。8合目まで日本一の勾配を誇るケーブルカーが運んでくれます。因みにリフトも併設されていて、下りに使うとスリル満点ですぞ。頂上まで舗装路のコースもあるので靴を選ばずに歩けます。

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 途中、山中にでんと構える社が関東の三大本山の一角を占める名刹「高尾山薬王院有喜寺」です。開山は奈良時代といわれています。本社前には右側に鼻の高い大天狗、そして左側には烏の嘴を持ったカラス天狗の像が立っています。高尾山の守り神に手を合わせていく人も見かけられます。薬王院を抜けると程なく頂上へ、なだらかな山なのでワイドな見晴らしは望めませんが新宿新都心から横浜方面までは一望できます。空気が澄んでいれば筑波山や房総半島まで見渡せます。

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 しかし、今の時期は緑も少なく参拝客も疎らです。何とか冬にも来て頂こうと考えたのでしょうか、毎年1月半ばから3月末まで、京王電鉄と高尾山の飲食店が共同で「高尾山の冬そばキャンペーン」を企画しています。駅で配布しているパンフ(写真左)には、名物とろろ蕎麦の美味そうな写真がズラリ、もちろん割引券も付いています。このイベントも今年で5周年、今月17日には臨時急行列車「高尾山冬そば号」まで運行する気合の入れようです。都営新宿線大島駅から高尾山口まで、天狗プレートを付けた急行列車が一気に走ります。予約無しで誰でも乗車できるので鉄チャンの方は是非お見逃しなく!高尾線内で乗車記念のオリジナルパスケースも配布されるようですぞ! 因みに私のお奨めはケーブルカー清滝駅正面、「高橋家」の冷たいとろろ蕎麦(写真右)、ざる蕎麦タイプではなく、温かい蕎麦用の器に冷たいツユがたっぷり注がれています。麺がのびないので喉越しも最高です。

 こんな感じで、京王線で楽々到着。ケーブルで登って頂上までハイキング、リフトで下って各店でとろろ蕎麦三昧、と言うのが冬の高尾山の楽しみ方ですねっ!ケーブルカー又はリフト乗車券とセットでお得な高尾山往復割引乗車券も京王線各駅で販売しています。 ツー訳で是非一度足を運んでみては如何でしょうか? あれれ? コレでは痩せません、残念!! (古っ!)、 次回はもう少し本格的なコースの紹介ですぅー。1月末の体重112.5Kg

投稿者:よっちゃん
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2007年02月10日

おもしろバス停1

本日はまたまた新しい会員からの写真投稿。旅ジャーナリスト会議事務局および写真家の小川金治氏です。「路線バスの旅を考える会」の代表でもある氏は、月の大半を全国の路線バスの取材に費やしていますが、今回のバス停はというと……。

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「勝馬」は「かつま」と読みます。競馬専門紙にも同じ『勝馬(かちうま)』がありますが、馬券でゲンをかつぎたい人は、ぜひ一度訪れたいですね。では何処にあるのでしょう。答えは下の写真です。

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はい、分かりますか? 答えは福岡市東区の志賀島です。日本史を勉強された人ならご存知かと思いますが、天明4年(1784)に「漢委奴國王」の金印が出土した島です。後漢の光武帝が冊封の印として奴国に賜ったものといわれます。光武帝というとまだ三国時代の始まる前ですね。金印は現在、福岡市博物館に所蔵されています。

お勉強ついでにぜひ明日の馬券を当てたいですね。参考になりませんが管理人が予想していますこちらもごらんください。

写真投稿者:小川金治
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2007年02月11日

『風林火山』第6回「仕官への道」

花倉の乱のあと、武田家臣・前島昌勝が福島一族を匿い成敗されたのは史実にもあります。この功で勘助は梅岳承芳から還俗した今川義元に仕官しようとするが、その容姿が禍して適いません。しかも今川が武田と同盟したことで、武田への復讐もできなくなり、裏目裏目に出る勘助。一方、信玄(晴信)は義元の母・寿桂尼の仲立ちで三条夫人と婚姻が成立します。京都の公家との交流をもとうとするのは守護大名ならではですね。ところで信玄の婚姻はこれが初めてでなく、史実では13歳のとき上杉朝興の娘を娶り、翌年身籠ったまま亡くなっています。これが勘助の思い人ミツとオーバーラップさせているのかもしれません。
勘助が仕官先を悩んでいるときに、またも青木大膳登場。北条家臣にもかかわらず乱どりをしたため駆逐され、今川への仕官を勘助に頼んできます。しかし、さすがずる賢い勘助、庵原忠胤の家臣と青木を戦わせる隙に馬を奪って相模国(神奈川県)へと逃亡。この勘助との絡ませ方がいいですね~。勘助は北条氏康の武術指南・松田七郎左衛門を通じて仕官を試みるが、そこで北条を頼って落ち延びてきた因縁の福島彦十郎と鉢合わせ。果たして北条への仕官なるかというところで次回へ。
史跡紀行では神奈川県小田原市の小田原城と箱根町の早雲寺を紹介していました。小田原城は16年前に行ったきりで、まだそのときはカミヤキでの撮影でした。もう一回撮影に行こうと思っていても、なかなか行けない現状。義経の取材で石橋山などは行っていますが。

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ところでJR小田原駅前には、戦国大名北条氏の祖である北条早雲像が建っています。角に松明をつけた牛が脇に3頭いますが、これは早雲が明応4年(1495)に小田原城を攻略した際に、「火牛の計」を用いて勝利をおさめた由来からですが、この「火牛の計」というのは、『史記』にみられる斉国の田単の用いた奇計からの創作。同じく寿永2年(1183)の木曽義仲の倶利伽羅峠の戦いでもネタが使われています。田単の「火牛の計」は牛の尻尾に火をつけたのであり、角に火をつけたら牛は前に進まず後ずさりしてかえって味方を混乱に陥れかねません。それにしても3代目というのが地味なのか、北条氏康の銅像はありませんね。まあ今川義元の銅像もありませんが。ちなみに信玄像はJR甲府駅前、勝頼像はJR甲斐大和駅前に建っています。そういえば勘助の銅像も今のところ見ませんね。
あとおまけですがJR小田原駅には国鉄時代のスタンプ(右)も残っています(2007年1月現在)。消耗が激しいのでいつまであるか分かりませんが、改札窓口で申し出てください。

投稿者:管理人
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2007年02月13日

最後の活躍を続ける名鉄パノラマカー

 先日、所用で名古屋に赴く機会があり、久々に名鉄の乗り歩きを楽しんできました。我が国の民鉄では第3位の営業距離を誇る名鉄は、車輌の形式数がとても多いことでも知られており(吊掛車も残存していた20年前頃に比べるとかなり整理されてきたとはいえ)、バラエティに富んだ車輌群はレイルファンを魅了してやみません。

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 今回の旅行では2日間名鉄全線が乗り放題となる「名鉄電車2DAYフリーきっぷ」(3,800円)を利用して、空港特急ミュースカイ(今回初乗車)、10年ぶりとなる瀬戸線乗車、駅内での車輌撮影など丸2日間、名鉄電車と沿線名所をじっくり堪能してきましたが、なかでも特に一番印象深かったのは不朽の名車「パノラマカー」(7000形)でした。特別料金なしで見晴らし抜群の前面展望席に自由に乗れるのは全国はもとより世界でも例がなく、今なお人気の高い車輌です。これまで幾度となく乗っているのですが、何度乗っても飽きないすばらしい電車です。
 1961年にデビューしたパノラマカーの最大の特徴は運転台を2階に上げ、1階部は客席とした構造で、その斬新さはレイルファンのみならず、一般客にも強烈なインパクトを与えました。さらに、横方向に連続した大型の側窓からも、“パノラマカー”の名に恥じぬ眺望が楽しめます。登場翌年には栄えあるブルーリボン賞(鉄道友の会会員による選定)を受賞、その後長らく名鉄のシンボル的存在として君臨してきました(小田急ロマンスカーの初の前面展望車輌3100形はこの翌年の登場)。また、ダークグリーン系の塗色が主流だった名鉄の中で、現在に至るまで標準色となるスカーレット(赤)を初採用したほか、ミュージックフォン(音楽警笛)の搭載など、様々な意味において名鉄電車の礎となっています。運行開始当初は、優等列車中心の運用であったものの、徐々に普通列車やローカル線区への進出も開始。名鉄内でのオールラウンドプレイヤーの地位を確立していくことになります。
 長らく若さの衰えなかったパノラマカーも、車齢が40年を超えた頃から廃車が始まり徐々に数を減らしています。名鉄では2010年までの全廃を決定しており、乗車機会も今後急速に少なくなりそうです。

投稿者:小関秀彦
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2007年02月14日

恋人岬へ

本日何の日? St. Valentine's Dayでしたね。最近は義理人情もない時代なので、管理人などまったく無縁の世界。Give me a chocolate! 愛をくれ!なんて夢も浪漫もない話をしていてもしょうがないので、今回は連載をお休みして、こんなお話を。

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昔、おみやげでもらいました静岡県伊豆市土肥町にあります恋人岬の定期券と片道切符です。実はこの恋人岬の創造者は当会員の伊本俊二氏です。昨年12月10日のセミナー「町おこし、地域づくりの新しい知恵~恋人岬はこうして出来た」で同氏が講演をしてくれましたが、この恋人岬ができたのは昭和58年(1983)。当時、観光の目玉がなかった土肥町の観光の集客策として伊本氏が古い伝承をもとに考案。その後、愛の鐘などがつくられました。愛の鐘を3回鳴らすと恋愛が成就するといわれており、いろいろとロマンティックなおみやげが売られています。本日はたいそう賑わいをみせたことでしょう。人間、夢も希望も失い、歩みを止めると急速に老けていきますので、「青春18きっぷ」ではないけれど、いつまでも青春の心をもっていたいものですね。
ちなみにUPした定期券の期限は切れていますが、裏面にはしっかり期間の延長手続きができ、再発行もできる旨が書いてあります。いやフォローも見事!

他に管理人のコレクションから出てきたものも紹介します。

kofukuyuki.jpg koijiyuki.jpg

は昭和62年(1987)2月1日限りで廃止された国鉄広尾線の愛国から幸福行きのきっぷと、幸福駅の入場券です。幸福駅はもともと無人駅ですが、駅前にみやげ物があり入場券などが発売されています。広尾線廃止後も幸福駅は残されており、今もなお縁起きっぷが売られています。この「愛の国から幸福へ」は昭和48年(1973)NHKの紀行番組『新日本紀行』が火付け役となり、いわゆる縁起ものの走りとなった駅です。存続が決まった帯広のばんえい競馬とセットで仕掛けるのも手かと思いますが。

はのと鉄道(旧国鉄能登線)の松波から恋路ゆきのきっぷです。こちらも昭和50年(1975)にブームになり、たくさんのカップルを招聘してきましたが、2005年4月1日の能登線廃止に伴い廃駅となりました。恋路海岸と幸せの鐘などは残っているわけですが、駅の行方が気になります。きっぷなどは幸福駅同様、観光商品として残されていると思いますが……。

投稿者:管理人
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2007年02月15日

博多慕情 小料理「由美」

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 先日、博多に行って来ました。
冬の志賀島、春の陽気の能古島で、気温の差に戸惑いました。
博多は、学生時代を過ごした第二の古里です。中州の夜景を眺めていると過ぎ去りし日々が蘇り、ある店を思い出しました。中州から天神まで、金曜日の夜は多くの人々で賑わっています。懐かしい屋台も観光客で満席でした。国体道路から小路に少し入った所にある店は、小料理「由美」。見覚えのあるのれんを潜りドアを明けると、懐かしい顔のママが客席に座って、ラジオから流れるシャンソンに耳を傾けていました。突然現れた僕の姿に、戸惑いと驚きの表情でいました。
 
 「ママ、お久しぶりです。」
 「アラー、小川君じゃなかねー。」
 「すっかりご無沙汰をしてしまって。30年振りです。」
 
 僕は学生時代、西日本新聞社社会部でアルバイト(坊や)をしていました。夕方の5時から11時までで、朝刊の原稿を電話で受けたりするのが仕事でした。その直ぐ側にある社会部御用達の店が「由美」でした。
 事件があると「由美」に電話をします。社会部の記者が必ず捕まりました。僕も良く通い、青春の悩みや失恋の相談をしていました。満州育ちで気丈なママは、変な客には「あんたの来るとこじゃなかよ、帰りんしゃい。」と追い返す。
当時、清川にアパートを借りて住んでいました。西日本新聞社には歩いて通える距離で、下駄履きで歩いていました。ある夜、「由美」のカウンターで飲んでいたら、突然入って来たオカマに股間を握られました。驚いた僕は、咄嗟に肘でその腕を打ちました。当時博多には、筑豊の炭坑夫上がりのガッチリとした体型のオカマがいたのです。絣の着物を着て、頭には赤いリボン、赤い鼻緒の下駄で夜の春吉界隈を彷徨っていました。
 「あんたの来るとこじゃなかー、帰りんしゃい。」とママの一声。
オカマは捨て台詞を吐いて出て行きました。それからです。酔ってアパートへの帰路、後ろから下駄の音が付いて来ます。背中に寒い物を感じ、走って逃げました。真夜中の春吉に、下駄のカタカタと云う二重奏が響き渡りました。

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 穏やかな博多の母の顔を見ながら、焼酎のお湯割飲み干しました。口の中に苦い物が残ったようでした。
           
本当に怖かった。

投稿者:小川金治
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2007年02月17日

スイスのパノラマカーに乗りました

小関さんのレポートで、名鉄のパノラマカーが2010年でお仕舞いになると知り、本当に残念です。
 パノラマカーはスイスでは人気上昇中。その証拠に、ゴールデンパス(カードのことではありません。観光列車路線の愛称です)の先頭車両のパノラマカー(MOB社)の運転席下の展望座席が10年前私が乗ったときは4席だったのに、HPで見ると今は8席に増えています。

swiss-panoramacar1.jpg

 1997年7月31日、私は念願のこのシートに座り、ツヴァイジンメンからレマン湖畔のモントルーまで1時間45分を過ごし、夏のスイスの田園風景を手に取るよう眺めることができました。このシートは日本のエージェントを通して2カ月ほど前に座席予約をしたため、取れたと思われます。
 この4席は偶然私の家内を含む日本人4人で占められてしまったのです。関西から来たと思われる赤ん坊を連れた若い夫婦でしたが、特に話をすることなく過ごしました。この人たちもかなり早く予約を入れたのでしょう。

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 この先頭車両は写真で見るとおりサロンカーですが、先端の展望シートは右奥、ボードで遮られてた先にあります。左奥にある座席の入り口から次々金髪の乗客が覗きにきては「Ohoo!」と言っては引っ込んでいきました。
 沿線はスイスでも牧場が比較的多い地域で、特に峻険な山岳景観があるわけではなく、いわばロマンチック、それだけに退屈ともいえます。当時の記録に「喉が渇いたので後ろのサロン席へ行き、日本人の新婚カップルと思われる若い二人にしばしパノラマ席を譲る」と書いてありました。
 名鉄も4年後にまったく新しいパノラマカーを導入してほしいと思います。
 でも一番ほしいのは中央線、大糸線、飯田線、高山線ですね。それが最も手っ取り早い乗客増戦略でしょう。

投稿者:森田芳夫
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2007年02月18日

『風林火山』第7回「晴信初陣」

北条氏康との接触はあっけなく終わってしまいましたね。関東一円に勢力を拡大した3代目北条氏康が臆病だったというエピソードは、少年時代に鉄砲の音に驚き、それを恥じて自害しようとしたという話があります。意外なことですが初めて知りました。しかし、またも仕官がかないません。不思議なのは今川も北条も仕官を全面拒否するわけでなく、「間者として放つ」と云っているところです。これで勘助はドラマ上では武田・今川・北条の三重スパイになっていますから。まさか今度は上杉にも仕官を求めるのでしょうか?
武蔵・上野を経由して信濃に入り、真田郷で懐かしい葛笠村の平蔵に出会います。ここで真田幸隆登場。妻の忍芽というのは架空の人物ですが、いかにも真田忍びのくノ一といった雰囲気の名ですね。幸隆の正室は河原隆正の娘で、信綱・昌輝・昌幸の三人の子を産んでいます。まだまだ先の話になりますが。のちに真田幸隆は信玄に領地を追われ、勘助の推挙で信玄に仕えたといいますから、今回の対面はこの伏線でしょう。
一方、信玄(晴信)はいよいよ佐久海の口城攻めで初陣となります。正室三条夫人が間に入ってももはや修復できない信虎・信玄の親子関係、今回のストーリーは『巧名が辻』に比べてもいい展開になっています。ただ、関西に無縁なので向こうの視聴率が心配……。
史跡紀行では真田の郷を紹介していました。以前は真田町だったのですが、2006年3月に上田市に編入されました。真田郷は真田発祥の地として知られゆかりの史跡が点在していますが、上田市ということで強引に上田城までひっぱりました。上田城は子の昌幸の代からなのですが。
上田城は二度ほど行ったことがあるのですが、デジタルで撮影しておらず、真田郷はまだ未踏の地。ということで今回は写真がないので、上田駅のスタンプを紹介します。

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上田駅といっても、JR(長野新幹線)・しなの鉄道(旧信越本線)・上田電鉄(旧上田交通)の3つの会社にそれぞれ駅改札がありますので、同じ上田城のデザインでも3カ所にスタンプがあり、しなの鉄道と上田電鉄の駅は改札係員に申し出れば押すことができます(しなの鉄道・上田電鉄は2種類あり)。このように鉄道会社が複数ある駅は、会社ごとにスタンプがつくられている場合もありますので、ひとつ押しただけで満足せず、面倒でもそれぞれの駅係員に尋ねてみたほうがよいのです。

投稿者:管理人
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2007年02月19日

スイス鉄道の雄・RhB(レイティッシュ鉄道)

 森田先生のゴールデンパス旅行記を受け、スイスの私鉄RhB・レイティッシュ鉄道をご紹介します。RhBは私鉄王国スイスの中にあって最も規模が大きく、沿線にはダヴォス、サンモリッツなど国際的保養都市を有し、さらに「氷河急行」(FO・BVZと共同運行)「ベルニナ急行」などの人気の列車を有することから、レイルファンのみならず観光客にも人気の高い鉄道です。日本の旅行会社もこの2列車をツアーに組み込むことが多く、筆者が4年前にRhBを乗り歩いた際にも日本人ツアー客と乗り合わせることが多かったことが思い起こされます(さすがにローカル列車は地元民が多かったのですが)。
 RhBはスイス東部のグラウビュンデン州に主要4路線を有し、総延長は約415km。軌間は1000mmで、スイス国鉄(軌間1435mm)と比べると車輌もやや小振りな印象です。車輌は電気機関車が牽引も客車列車が主流(一部電車もあり)で、普通列車は終着駅での機関車の交換作業を省略するため、制御客車と呼ばれる車輌を連結しプッシュプル方式で運行しています。
 さて、「氷河急行」はサンモリッツ・ダヴォス・クールとマッターホルンの表玄関ツェルマットを約8時間かけて結ぶ列車で、その名の通り(最近は地球温暖化の影響からか後退はしているものの)車内から雪を戴いた山並みや青みがかった氷河の風景が楽しめることで知られています。また、牧草地の黄緑の斜面が延々と広がる様子もいかにもスイスという趣きです。さらに、スイス鉄道屈指の撮影ポイントであるランドヴァッサー橋の絶景も楽しめます。乗車するなら絶対に1等のパノラマ客車がお勧めなのですが、ハイシーズン(6~9月頃)は予約は困難を極めます(2等車でも、もちろん風景は十二分に楽しめますが)。また、この列車の食堂車で絶景を肴に味わうワイン(勾配対策のため底面が斜めになった特注ワイングラスが使われています)は最高の一語に尽きます。
 もう一つの人気列車「ベルニナ急行」は、クール・ラントクワルト・サンモリッツとティラノ(イタリア)を約2時間半~4時間で結ぶ列車で、こちらも氷河急行に負けず劣らずすばらしい風景が楽しめる列車です。車窓からは4000m級の山並みや氷河などに加え、青白く光るビアンコ湖など息を飲むほどの美しい風景が連続します。また、最大高低差が1800mを超えることから植生の変化が目まぐるしく、沿線の建物も(特にイタリア語圏に入ると)大きく変化していく様子が見て取れまったく退屈しません。
 一方、クールからアローサを結ぶアローサ線も他の路線と比べれば若干地味なイメージも無きにしもの感はありますが、それを補って余りある派な塗装の車輌が彩りを添えています。レイルファン的にはクール出発直後の併用軌道区間(路面電車のように道路上を走行する区間)が大きな見所ですが、沿線のシャレー風の駅舎や、鬱蒼とした森林もスイス気分を盛り上げます。
 ところで(異論もあるかもしれませんが)、RhBの東の幹線エンガディン線の沿線風景はどこか日本に似ているような気がします。畑地、小川、田舎道、小集落、木製の古い橋など日本的箱庭風景が続き、強い郷愁を感じたことがありました。
 RhBの沿線にはどこも整備されたハイキングコースが数多くあり、山歩きがお好きな方にもぜひ訪れることをお勧めします。

レイティッシュ鉄道の公式ホームページ http://www.rhb.ch/

投稿者:小関秀彦
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2007年02月22日

スガキヤの野望と挫折

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小関さんも一時期ナゴヤに住んでいたそうですが、子どものときに体験した味覚は、トラウマとなって一生を左右してしまうといわれます。管理人も高校卒業まではナゴヤで暮らしていましたので、その味に支配され、とくに帰省した折には無償に食したくなるものです。そんな新シリーズ「不思議の国ナゴヤ」では、あの独特のB級グルメを不定期で紹介します。
第一号はスガキヤ。ナゴヤに本社をもつラーメンや甘味を扱う店で、向こうの国ではインスタントラーメンも売っています。東京圏の人に「スガキヤ」といっても知らない人のほうが多いようですが……。かつて90年代後半までスガキヤは関東や甲信越地方にも進出していましたが、需要が見込めないことから次々と閉店してしまいました。昔、川越で食したときは「うーん、この味」と満足していたものです。ところが2005年に再度「Sugakiya 高田馬場店」をオープンしたときは何度か行きました。しかし、客入りは芳しくなかったため、2006年9月30日をもって閉鎖撤退となりました。なかなか関東の人には受け入れられ難い味覚です。
スガキヤが関東で苦戦してしまうのは、コスト面の問題があります。さすがに高田馬場店はやや割高に設定されていましたが、それでも一杯1000円のラーメンが当たり前の時代ですから、テナント料を考えると経営が難しいのです。ナゴヤでは主にユニーやジャスコ、バローなど大型のショッピングセンター内に店舗があり、ハンバーガーのセットよりも遥かに安いので、学生や主婦憩いの場として賑わいます。高田馬場店の失敗は客層もありますが、カウンター席中心でくつろぐ場がなかったことです。
育ち盛りの若い頃は2杯注文も当たり前、なかには3杯食した人もいるように、ラーメンの価格は現在でも280円と安価に設定されており、写真のタマゴとチャーシューが入った特製でも390円です。最近は『日高屋』やもっと安いびっくりラーメン180円もありますが、安さと味の比ではスガキヤに優るものはないのです。
基本は和風のトンコツ系の白湯スープですが、九州のトンコツとは異なり、魚系のダシがきいています。よく「ヘビを使っている」という都市伝説がありましたが、ヘビなど使ったらあんなに安価で提供できるはずがありません。たしかに全国津々浦々のラーメンを食べ歩いた現在では安っぽい感(とくにあのハムのようなチャーシュー)は否めませんが、こづかいも限られている貧しい学生時代には何度お世話になり、空腹を満たしてくれたことでしょう。東京ではマクドナルドなどのファーストフードが憩いの場に使われていますが、ナゴヤではスガキヤだったのです。こうして書いているだけでも、別腹がうずき出し、もし近くに店があるなら入ってしまうあの味。隠し味に麻薬を使っているなんてガセもありましたね。

投稿者:管理人
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2007年02月23日

スイス旅・絶景のラントヴァッサー橋撮影と「ベルニナ急行」乗車の知恵

 小関さんのブログ、スイス鉄道の雄・RhB(レーティッシュ鉄道)」の紹介は要領よく、興味をそそります。確かにグリンデルヴァルトやツェルマットを卒業したスイス・ファンが次に目指すエリアは、当然ここグラウビュンデン州しかないでしょう。
 私自身昨年9月に、またこの鉄道を利用し、ダヴォスへ行って紅葉に彩られた山歩きをしてきました。かつてクール駅から南下してエンガディンの村々へ何年も通いましたが、そのたびに厳しい地形と格闘して敷設されたレーティッシュ鉄道の車窓から、思いもかけない山岳展望の旅を楽しんだものです。

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 さて小関さんが触れていたスイス鉄道屈指の絶景と言われるラントヴァッサー橋は列車の窓から誰でも楽に撮影できますが、それには知恵が必要です。
 目もくらむような谷にかけられたこの石橋は高さ65m、しかも半径100mの円弧を描きながら、列車はオーバーハングした岩壁をこじあけたトンネルへ突入します。写真は8年程前に私が車窓から撮影にしたものですが、クールからはできりるだけ最後尾の車両、しかも進行方向右側に席をとることをお勧めします。
 ちなみにこのトンネルは1902(明治35)年に組み立て櫓無しに完成したと「スイス百科事典」(フィリズーアの項)にでています。ついでに、線路を支える石柱間のアーチ幅は各20mが五つ、岸壁に懸かった片アーチが一つだそうです。他に橋を仰ぎ見るように撮影できる場所が谷の下にあるようですから、よく調べてから次のフィリズーア駅で下車するのもいいでしょう。

 もう一つ、小関さんが推奨していた人気列車「ベル二ナ急行」に私も乗りましたが、そのとき目にした気の毒な光景を忘れることができません。それはある夏、ザンクト・モーリッツ駅から満員で発車した列車が終点のイタリア、チラナ駅へ着いたときのことです。改札口に入国審査をする窓口があリ、そこで何人かの乗客が大声を上げていました。どうやらそれはパスポートを忘れて乗ってきてしまった人々が、ホームから出ることが許されないことに対する抗議の叫びのようでした。町の小さな店で本場のスパゲッティを食べて駅へ戻って聞いたところによると、彼らは折り返しの列車でスイスへ戻ったとのことです。スイスは今なおEUに加盟していませんので出入りにはパスポート必携です。お忘れなく。

投稿者:森田芳夫
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2007年02月24日

新宿東口の馬水槽

新宿東口のスタジオアルタへ向かう広場に「馬水槽」といわれる建造物が静かに建っています。

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この石造物は、東京上水道育ての親と呼ばれる中島鋭司博士が明治34年(1901)から欧米諸国を視察した際に、ロンドン水槽協会から東京市に寄贈されたもので、現在では世界に3つしかない貴重なものだそうです。赤大理石製で上部は馬、下部は犬・猫、裏面が人間用です。当時の交通機関は馬が中心でしたので、馬用はライオンの口から水が出ており一番デラックス。「馬水槽」と呼ばれていました。明治39年(1906)に新宿民衆駅完成を記念して現地に移転。一般公募で「みんなの泉」と改称されました。人間と動物が共用する水飲み場という意味が含まれています。近年まで水が出ていたのですが、現在は水が止められ、周囲の工事中で立ち入り禁止になっています(外からの撮影は可能)。
あれだけ人が行き来する新宿で、あまり関心をもたれることもないのですが、ぜひ新宿へ行ったら見ておきましょう。新宿区の有形文化財にも指定されています。

投稿者:管理人
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2007年02月25日

『風林火山』第8回「奇襲! 海ノ口」

いやーおもしろいですね『風林火山』。1月もずっと視聴率20%以上キープしていますし、やはり戦国ものは業績がいいですね。88年のNHK大河『武田信玄』は最高視聴率49.2%、平均39.2%という金字塔を打ち立てただけにその影響もあるのでしょうか。さて、今回の海ノ口城の攻防戦、勘助がなんと海ノ口城に入って、武田軍と戦う設定になっています。それにしても城壁に泥を塗って火攻めを防いだり、地中に水甕を埋めて水の波紋で、水の手を切る武田の戦法を見破るなど、兵法がところどころに出ていて見応えがあります。
海ノ口城で使われた城、どこかで見たなと思ったら、やはり長野県千曲市の荒砥城跡でした。館、兵舎、門、櫓などを当時の史料をもとに復元し、史跡公園として整備されています(入場料300円)。勘助が上っていた井楼櫓などはそのまま見学できますので、勘助ファンはぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。しなの鉄道戸倉駅から徒歩20分のところです。
話がそれましたが、冬の降雪を待って信虎が引き上げ、初陣だった晴信が殿をつとめることになります。晴信はわずか300の手勢で奇襲して平賀源心を討ち取り、城を陥落させます。平賀源心は剛胆七十人力といわれた猛将だったようで、ここは史実ですが、勘助ともあろう者が晴信の夜襲を見抜けなかったのでしょうか。最初の防戦が見事だっただけにかえって腑抜けた展開になってしまいました。それにしても平賀源心の娘の美瑠姫は、勘助にいきなり話しかけたり、落城後も自害しようとして止められ生き延びるところを見ると、このあとの伏線がありそうですね。さて、海ノ城を視察する晴信めがけて、平蔵が矢を放つところで次回に続きますが、次回「勘助討たれる」って、話が終わっちゃうじゃないの?
史跡紀行は海ノ口城を紹介していました。南牧村の中心となるJR小海線佐久海ノ口駅が最寄で、ここから徒歩20分。小海線で佐久海ノ口を過ぎ、千曲川を隔てた右手の山が海ノ口城です。ちなみに佐久海ノ口駅は標高1039mでJRでは7番目に高い駅。現在は無人駅です。管理人が最初に小海線に乗ったときはまだ駅員がいて、「DISCOVER≫→JAPAN」のスタンプもあったのですが。ただ、今回のエリアは未撮影なので、写真や現役スタンプなどがありません。これにて失礼します。

投稿者:管理人
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2007年02月26日

発足20年を迎えるJRグループ各社

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1987年4月、公共企業体・日本国有鉄道の分割民営化により旅客6社、貨物1社の新生JRグループが誕生(国鉄バスは8社に分割)、この4月に発足20年の節目を迎えます。
 70年代中頃より相次ぐ運賃値上げ、続発するストライキにより国鉄不信は国民の間に広がり、マスコミも連日のように国鉄バッシングを続けていました。そんななか、当時の中曽根内閣は行政改革の目玉として国鉄解体を断行。発足前夜には民放全局もさよなら国鉄特番を組み、高揚した雰囲気の中で国鉄は最後の日を迎えたのでした(余談ですが、筆者は国鉄最後日に開業した新駅・仙石線東矢本駅で地元仙台のさとう宗幸が駅周辺の様子をリポートしていたのが印象深く思い出されます)。分割民営化が果たして鉄道復権に繋がるか疑問視されていたなか、当時高校生(のレイルファン)だった筆者にとっても、不安と期待の入り交じるスタートであったことが昨日のように思い出されます。
 その後しばらくの間は、車輌も駅も国鉄時代と何ら変わることなく(車体側面には大きな白いJRのステッカーが貼付されましたが、塗色はそのままなのであまり代わりばえしませんでした)、当時筆者が住んでいた仙台地区でも、ほとんど民営化を実感することはありませんでした。
※首都圏ではJR化直後に車内アナウンスでプロ野球速報を車掌がアナウンスするサービスが開始されたり、それまでの「国電」に変わる名称として「E電」が採用されたりと(まったく定着しませんでしたが)、多少変化の兆しは見えていたようですが。
 しかし、数年で状況は一変しました。新型車両の導入、ダイヤ改良、斬新な車輌の導入や積極的な設備投資によるスピードアップ、さらにはアイドルを多用したイメージ戦略などにより、90年代初頭にはJR各社は大学生の就職人気企業の上位にランクインするようにまでなり、新生JRは見事に鉄道離れに歯止めをかけることに成功したのでした。
 その後20年間、本州3社では消費税転嫁を除いて1度の運賃値上げもなく、特定地方交通線の廃止・第3セクター転換が終了した後は、JR線として廃止された路線もほとんどなく(可部線、上砂川支線、深名線など数えるほどです)、JR各社の経営は現在安定した状況にあります。これは、ひとえに各社のたゆまざる努力(関連事業の解禁など様々な追い風もありましたが)が身を結んだ結果と言えるのではないでしょうか。
 今後も我が国の都市間・地域輸送の要として、JR各社にはますます頑張ってほしいものです。
 さて、JR各社では現在JR発足20周年を記念して、今春の「青春18きっぷ」を8,000円(通常11,500円)で販売中です。発売は3月31日まで、有効期間は4月10日までとなっております。1回あたり僅か1,600円でJRの普通・快速列車が乗り放題となり、普段以上にお得です。筆者もさっそく1冊購入しました。

投稿者:小関秀彦
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2007年02月28日

マウンテンの遭難

当会には山登りの達人・伊佐九三四郎先生やアルプスの王者・森田芳夫代表など、登山にゆかりのある方が多いのが特徴ですが、両者も管理人もまだ制覇していない山が、名古屋の最高峰といわれるマウンテンです。

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もちろんこれは山の名でなく、名古屋市昭和区にある喫茶店なのですが、写真のメロンスパ(左)や和風パフェ(右)など、度肝を抜くメニューがいっぱいで、しかもその量は半端でないのです(和風パフェのバックに写っているネクタイの長さと比較してみてください)。最寄は地下鉄鶴舞線いりなか駅か名城線八事日赤駅で、いりなか駅から向かうといきなり坂を登り、登山がはじまっていることを実感させられます。最近は雑誌などで紹介されている影響もあって、地元よりも全国から登山者が集まっているようで、昼間の時間帯だと1時間以上待ちになることもあるそうです。
さて、マウンテン用語でマウンテンへ行くことを登山。完食することを登頂。食べ残したり体調を崩したりすることを遭難といいます。さらに高さ30㎝はあろうかというカキ氷はまさに氷山。どうやって食べても氷がテーブルの上に落ちる雪崩は防げません。これは友人が行ったときにもらった写真ですが、メロンスパの完食(登頂)に成功したそうです。しかし、まだまだこんなものは序の口。いちごスパや甘口抹茶小倉スパ、ピカンテピラフ激辛など未知のメニューがあふれています。一度行くと再びチャレンジ精神を駆り立てられるのがマウンテンなのです。みなさんもぜひ一度チャレンジ(登山)してみてはいかがでしょうか?くれぐれも体調にはお気をつけください。時には引き返す勇気も必要です。

なお、マウンテンは2006年11月6日より改装工事に入り休業中。2007年春にリニューアルオープン予定です。詳しくは公式ブログマウンテンの友などをご覧ください。

投稿者:管理人
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